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平尾昌晃さんが死去!死因は?家族構成やこれまでのヒット曲は!

平尾昌晃さんが死去!死因は?家族構成やこれまでのヒット曲は!
作曲家の
平尾昌晃さんが
7月21日の深夜
亡くなりました。

79歳でした。

数々のヒット曲を
送り出した平尾さん

家族構成や
これまでの
平尾さんの足跡を
振り返ってみたいと
思います。
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平尾昌晃さんの死因は?


平尾昌晃さんの死因は
肺炎でした。
二年前に肺がんを患い
病気と戦いながらも
精力的に仕事をこなしていました。

平尾昌晃さんのプロフィールは!


昭和58年に歌手として
ソロデビューし、
「星はなんでも知っている」
「ミヨちゃん」が
大ヒットしました。

その後
ミッキー・カーチスさん、
山下敬二郎さんとともに
ロカビリー三人男として
日劇ウエスタンカーニバルの
看板スターになりました。

当時の人気はすごいもので
今で言うと、
例えようがなく
失神する人が続出するという
とんでもないフィーバーぶりでした。

ブームが去ったあとは
作曲家に転向し
数々のヒット曲を
世に送り出します。

代表作は数知れず、

布施明の「霧の摩周湖」
梓みちよの「渚のセニョリーナ」
五木ひろしの「よこはまたそがれ」
小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」
アグネス・チャンの「草原の輝き」

等が大ヒットしました。

のちに
平尾昌晃音楽学校を
開校しそこから巣立った歌手は

石野真子
狩人
松田聖子
倖田來未
後藤真希

らを輩出。

一番印象に残っているのは

同じく生徒だった
畑中葉子とデュエットした

「カナダからの手紙」

これがまたまた
大ヒットしました。

管理人の印象としては
このカナダからの手紙が
一番強烈でした。

作曲家の先生が
歌を歌えるのか
なんてバカなことを
思ったりした時期でも
ありました。

先生だからうまいに
決まっているのに!

カナダからの手紙での
エピソードがあるんですが、

この歌のヒットで
カナダに行く日本人が
めちゃくちゃ増えて

カナダから
感謝されたという
ちがう凄さもありました。

家族構成は?


平尾昌晃さんは
二度結婚しているのですが、

この二度目の相手が
19歳の人で
この時の子供が

今歌手として
活躍している

平尾勇気さんです。


サッカーの本田選手に
似てますね。

ポニーキャニオンから
デビューしたのですが、
この時のデビュー曲を
作詞作曲したのも

父親である
平尾昌晃さんです。
曲名は「はだかの楽園」
というタイトルで、

サンデー・ジャポンの
エンディングテーマ曲としても
使用されていました。

まだまだ元気で
活躍していると
思っていましたが、

まさか
こんなに早く亡くなるとは

ご冥福をお祈りします。
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